恵里花の物語〜後編〜
前編の続きです!
それからは母とふたり、毎日ブーケを作るという日常でした。
すごく忙しく、大変でしたが、楽しくもありました。
2019年、新型コロナウイルスの影響で結婚式がどんどんキャンセルに
なっていき、ブーケのお仕事も大打撃。
あんなに忙しかったブーケ製作もパタリと注文が来なくなり
仕事がない日が続きました。
コロナ禍が始まりまもなく、県民共済様はブライダルの営業を終了することが
決まりました。
母は泣いていました。
普段あまり泣かない母だったので、それだけの思いで長い間ブーケを
納めていたんだと実感。
私が小さい頃からいつもブーケを作っていた母。
本当に忙しく、母はあまり家にいませんでした。
休みの日も友達の家にお世話になっていたことが多く、母といられる時間は
限られていました。
家にいる時は家事をしているか、夜もお花を持ち帰り、ブーケを作っていました。
それでもいつも笑顔で私に接してくれたので、
あまり母がいなくて寂しいとは思いませんでした。
そしてどんなに忙しくても、母はブーケを持ってくれる花嫁様のことを思い、
一切手抜きをすることはありませんでした。
ブーケ作りというお仕事を守り、私たちを育てるために、
どれだけの努力をしてきたのだろう…と、
大人になってから改めて、母に感謝でした。
祖父と祖母が築き、母が懸命にひたむきに花嫁様のブーケを作り続けた
35年という長い歳月。
35年間、恵里花と取引してくださった埼玉県民共済様。
本当にありがとうございました。
そして、お取引きは都民共済ブライダルプラザ様のみとなり、
まもなくオーダーブーケの相談会も始まりました。
オーダーブーケは実はこの時が初めての試みでした。
最初はどうしたら良いか分からず、とりあえずノートとペンだけ持って…笑
ずっと自由に作らせてもらってたので、慣れるまでとても大変でした。
でも実際に作ったブーケを花嫁様が喜んでくださる光景は
とても嬉しいものでした。
たくさんの花嫁様との出会いがありました。
’’結婚式に持つブーケを作る人’’
新郎新婦様にとって、ただそれだけの関係ですが、
ブーケを通して、私たち親娘が人生の一コマに入れてもらえていること。
なんだか素敵なことだなあと、思います。
大体、ご相談の最初の掴みとして、実は親娘なんです〜でみなさんひと笑いしてくれて、
少し安心してくれるような気がしました(^^)
ブーケをお作りした花嫁様が、恵里花さんと記念撮影したいです!と
一緒に写真を撮らせてもらったり、
素敵なブーケを作っていただいたからと
わざわざお菓子を持ってきてくれる方もいらっしゃいました。
そして、私たちの作ったブーケを泣いて喜んでくださった方も…
相談会をしていて辛いことも、大変なことも、たくさんありましたが、
それに勝る嬉しいこと、ありがたいことがあり、すべて宝物です。
ここで少しブーケをお作りした花嫁様たちのお写真、ごく一部ですが
載せさせていただきます。

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