恵里花の物語〜前編〜

 


私たちについて


初投稿!

初めまして。

私たちは埼玉県飯能市に小さなお店を持つ、

『恵里花(えりか)』と申します。 






主に結婚式などで花嫁様が持つブーケを造花(アーティフィシャルフラワー)で作る仕事をしています。

設立は1983年。東京ディズニーランドと同じ年に創業しました。


私(書いてる人)は恵里花の3代目。

祖父と祖母から始まり、母が受け継ぎ、現在は母と二人、細々とやっています。


一番最初は手芸店でした。

当時流行っていたマクラメという手芸で人気が出て

それから革製品、籐(とう)というかご作り、アメリカンフラワー教室など色々とやっていたそうです。洋服なども販売していました。

それでも生活は苦しく、祖父はアルバイトをしながら生計を立てていました。


ブライダルブーケ製作という道に出会い、

色々な結婚式場へブーケを売り込みに行くも断られてばかり。


ふとした縁から埼玉県民共済のブライダル部門にブーケを納めるお話をいただいたものの、

実際に納品業者として雇ってくれるかは別問題。


祖父と祖母は、断られても断られても、諦めずに何度も足を運び、

ブーケを持ち込みました。


ある日、置いてきていた、

「見本のブーケを引き下げに来てほしい。」

と連絡があり、祖父と祖母でもう無理かと、思ったそうです。


行ってみたら、担当の方が外出しており、1時間ほど待っていたところに

普段は来られない重役の方が来られました。

祖父と祖母は挨拶をし、見本のブーケを引き下げに来たことを伝えると

恵里花が何度もブーケを持ってきていることをご存知でした。


そこに担当者の方が帰ってきて、

重役の方が

「こんなに何度も来てくれているんだから、メンツを守るためにもいくつか置いてやれ」

と担当者の方に言ってくださったのです。


一度置いてくださることになり、そのとき他の納品業者のブーケもたくさんあるのに

恵里花のブーケだけが売れたのです。

不思議でした。


それがきっかけで取引をさせていただけることになりました。



3年後には都民共済ブライダルプラザ様とも取引させてもらえることになりました。




それから38年間、毎週ブーケを納めてきました。


多いときで1週間に100個作っていた時も…

ブーケを作った数でいったら恵里花はギネスに乗るんじゃないかと密かに

思っています。


本当に忙しい中に、祖父と祖母、そして母は恵里花を繋いできてくれました。




余談ですが、私はおばあちゃん子で、小さい頃おばあちゃん家に行き、
帰るときに、今日がおばあちゃんに会えるのが最後だったらどうしよう…って、
毎回思っていたのを覚えています。

そんな祖母も9年前に他界。それからずっとおばあちゃんの代わりに
私が母を支えようと頑張ってきました。




初投稿は今まで繋いできてくれたことへの感謝を忘れないように、
このような話を書かせていただきました。



恵里花の物語、後編に続く。


ちなみにまだおじいちゃんは元気です。笑






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